Le Corbusier, Toward An Architecture, Introduction by Jean-Louis Cohen, Translation by John Goodman, The Getty Research Institute, 2007

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 20世紀の最重要建築書と言えば、やはり本書であろう。英語版新版である。

これまで英語版はフレデリック・エチェルス訳版があったが、同書においては書名が「新しい建築へ」ともうそこから意訳されているうえに、訳者によれば、文体も仏語原文の生き生きしたものがなくなり、ブックデザインも印象異なるものとなっているという。たとえばル・コルビュジエステファヌ・マラルメに傾倒しており、原文はマラルメ散文詩のように書かれているのであるという。さらに英語版ではmassと訳されたvolumeも元のvolumeに戻されている。

 またギーディオンの『空間・時間・建築』のブックデザインをハーバート・バイヤーが担当してクオリティを高めたように、本書においても、ブックデザインと文体と文の内容は不可分であるように思われ、新版ではそのニュアンスがよく伝わるものとなっている。

 解説者のジャン=ルイ・コーエンによれば、本書で用いられているような対立的イメージを並置的に用いる手法はフランツ・マルクやワシーリイ・カンディンスキーがミュンヘンで発行していた『青騎士』で用いており、これは他にもドイツ語圏の雑誌でよく用いられていたもので、ル・コルビュジエは間違いなくその影響を受けているのだとする。こうしたヴィジュアル・アプローチは『レスプリ・ヌーヴォー』にも影響しており、同誌の初期の記事にはロシア・アヴァンギャルドに関するものが多かったともいわれる。

 さて冒頭の「三つの覚書」である。「ヴォリューム」で使用されているイメージは米国の穀物サイロであり、「表面」で使用されているのは反例としてのキャス・ギルバートのオフィスビルを除けばすべて工場建築であり、そのうち1枚はグロピウスのファグスヴェルケ、他は全てアルバート・カーンのフォード・ハイランド工場のイメージである。ファグスヴェルケがドイツにおけるいわばアメリカニズムの表象(http://rco-2.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/rayner-banham-a.html)だとすると、この部分も実質アメリカの建物のイメージで占められていることになろう。

 「工業的アメリカへの彼の関心はこの世代では普通にあったもので、その知識が二次情報に限られていたとしてもそうである。ジャンヌレのアメリカへの欲望は強いものであった。ペレ兄弟に宛てた1910年の書簡で「オーギュスト氏が眼を開けかせてくれたシカゴ滞在への見解」をまだ失っていないと述べている」(8頁)。

 最後の「プラン」についての考えはボザールのジュリアン・ガデから来ているという(10頁)。

 さてアメリカの工業的イメージがここで使用されているとして、「ヴォリューム」では穀物サイロ、「表面」では工場建築という使い分けがなされているのは、意識してのことなのだろう。このイメージで見ると、英語圏でこれまで「マス」と訳されてきたのも分からなくはない。しかしながらル・コルビュジエのヴォリューム概念(http://rco-2.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/2001-f4af.html)は、形態も質料も持たない量概念のことなのであるという。裏を返して述べれば、ヴォリュームの大小は資本の大小にほぼ比例している。覚書のそれぞれの冒頭で「建築は様式とは関係ない」を繰り返しているにもかかわらず「国際様式」という言葉を用いたのはなぜか。

 この二つの異同から始めてもいいのかもしれない。

 

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メモ

https://www.sophia.org/tutorials/elements-of-art-volume-mass-and-three-dimensionali