ジョン・ピーター『近代建築の証言』小川次郎/小山光/繁昌朗共訳、TOTO出版、2001

 

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 フランク・ロイド・ライトのユニティ教会の箇所を確認。

「保存、拡大、拡張され、目に見えるものとなった空間の価値は、まったく新しい建築をつくり出します。ユニティ教会はそれを実現した最初の建物です。私が近代建築に貢献したのはその点においてです。そして少なくとも私にとっては、それが近代建築なのです」(157頁)

DVDでは

The space-values on the building, preserved, enlarged, expanded, presented and maximized entire architecture, and Unity Temple was the first expression of it. That is my contribution to modern architecture, and that, to me, is modern architecture.

 ここ(晩年のオーラルヒストリー)においてユニティ・テンプルが重要なものであったことを、ライトは示唆している。これ以下の部分はDVDには付録収録されていないが、本文では

「いいですか、こんな平面図があるとします。この中にさまざまな造作を置きます。これはかつては壁にしていたものですが、ここでは壁になっていません。隅の方に階段、これも造作、別のタイプの造作です、を置きましょう。平面図のでき上がりです。こうすれば上の方は全部開放されます。空間に対して置かれたこれらの造作は、あたかも上を塞がずに自由にするためにあるかのようです。こうして内部空間が建物の本質になったのです。それは私が老子から学んだことの延長線上にありました」(157-158頁)。

これは実際、ユニティ・テンプルの平面について述べていると思われる(eg. http://www.kamit.jp/17_world/74_chicago/chicago.htm)。

 この教会の正方形平面をした礼拝堂部分の三つの隅部には階段が置かれ、その結果、あたかも四隅の柱と壁が分離したかのようになり、それまで耐力壁であったものが被膜のように扱われることになっている。

 この平面は日本建築(日光東照宮など)の平面との相似性がよく指摘されるが、それだけでなく、日本建築における柱と被膜の分離、あるいは縁側や回廊部分による構造体と外周や被膜との分離をも彷彿させ、さらには、しかしながらそれだけでなく、これはゴットフリート・ゼムパーの被覆原理の考えそのものでもあり得るのではないか。ライトは例によってゼムパーの名前は知ってか知らずかまったく出さない。

ライトの講演録でもたびたび引かれる話、駐米日本大使からプレゼントされたとされる岡倉覚三の本で述べられる老子の話、つまりライトが自らの空間の発見をつねにそこに求める話がある。しかしながら彼の空間の発見は老子だけであったのかどうか。ちなみにライトのいう「老子」、「建物の本質は壁や屋根にあるのではなく、その空間にある」は、実際には『老子道徳経』第11章のことを指していると思われる。

http://blog.mage8.com/roushi-11

原文
三十輻共一轂。當其無、有車之用。埏埴以爲器。當其無、有器之用。鑿戸牖以爲室。當其無、有室之用。故有之以爲利、無之以爲用。

書き下し文
三十の輻(ふく)、一つの轂(こく)を共にす。その無に当たりて、車の用あり。埴(つち)を埏(こ)ねて以(も)って器を為(つく)る。その無に当たりて、器の用あり。戸牖(こゆう)を鑿(うが)ちて以って室(しつ)を為る。その無に当たりて、室の用あり。故(ゆえ)に有の以って利を為すは、無の以って用を為せばなり。

 

 車輪においても、器においても、家においても中心には空洞(無)があるゆえにこそ全体が機能する、「無用の用」とも呼ばれる道徳律である。

この前後で岡倉の書といえば、『The Book of Tea』であり、この書がロンドンとニューヨークで出版されたのは1906年(eg. https://en.wikipedia.org/wiki/The_Book_of_Tea )で、他方ライトがユニティ・テンプルの設計に着手したのは1905年、竣工までを含めて1905-1908年のあいだにこの教会は設計・建設されている。「駐米大使」が「岡倉の書」をいつプレゼントしたかにもよるが、少なくとも着手時においてライトが岡倉の書を読んでいた可能性はまったくない。他方ではゼムパー理論はじゅうぶんにシカゴに流布していた時期である。

 いずれにしてもThe Book of Teaでは先述の部分は第三章「道教と禅」の部分に登場する。前後の部分も含めると

This Laotse illustrates by his favourite metaphor of the Vacuum. He claimed that only in vacuum lay the truly essential. The reality of a room, for instance, was to be found in the vacant space enclosed by the roof and the walls, not in the roof and walls themselves. The usefulness of a water pitcher dwelt in the emptiness where water might be put, not in the form of the pitcher or the material of which it was made. Vacuum is all potent because all containing. In vacuum alone motion becomes possible. One who could make of himself a vacuum into which others might freely enter would become master of all situations. The whole can always dominate the part.

http://www.sacred-texts.com/bud/tea.htm

 しかしながらこの書において建築的なことについて詳述しているのは、むしろ少し後の日本の茶室(数寄屋)についての部分で、そこでは岡倉は、その特質をAbode of Vacancy(とAbode of Unsymmetry)と述べている。ライトは例によって日本建築を無視し、茶室ではなく、老子から霊感を得たと強弁したのか。

 ところでアルフレッド・バーものちに踏襲した「日本の浮世絵からは(単純化/抽象化の手法を)学んだが、日本建築からはまったく影響されていない」というライトの強弁は今日ではほとんど否定されている。他方では中国文化を高く評価する視点などは、岡倉の視点を踏襲しているのかもしれない。日本文化についての評価からメモ。

「版画がつくられた時期、日本は非常に優れた芸術家たちを輩出しました。今でいうところの桃山時代です。版画がつくられたのはその時代の前半で、絵画としての浮世絵は後半です。彼らが世界の芸術に大きく寄与したのはこの時期です。浮世絵版画の中で彼(ら)が行った単純化は、後続の版画家たちに大きな影響を与えました。純粋に日本独自の流派の始まりでした。中国芸術の枠を超えて出たのです。もちろん中国芸術の本質的な部分はそこにも引き継がれていました。文化において日本的なるものが、中国芸術からまるで花木が芽やつぼみから出るように派生してきたのです。ですからその基本は中国にあります。これが理由で中国人はいつも日本を見下すのです。まねをしたと」(155頁)。