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メモ

Joseph M.Siry, The Chicago Auditorium Building, Adler and Sullivan`s Architecture and the City, The University of Chicago Press, 2002

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労作である。

2003年の米国建築史家協会・アリス・デイヴィス・ヒッチコック賞を受賞している(https://en.wikipedia.org/wiki/Alice_Davis_Hitchcock_Award)。また「シカゴのオーディトリアム・ビルディング、オペラかアナーキズムか」という論文が『米国建築史家協会誌』1998年6月号にあり、これはおそらく本書のスケッチと思われる。

謝辞にはロバート・ブルーグマン、デイヴィッド・ヴァン・ザンテン、リチャード・エトリンらの名前が見え、そのロバート・ブルーグマンのホラバード+ローシュ論(http://madhut.hatenablog.com/entry/2016/09/12/200807)でも述べられていたことであるが、建築史と都市史はまったく別のルートをたどってきたといえなくもなく、少なくとも建築史についてはブルーグマンが示唆しているように美術史の一部として述べられてきたといえ、言い換えるならヴィンケルマン、ヒルト、ヘーゲルからギーディオンにいたるドイツ系美術史学の一つであれ、あるいはルドルフ・ウィットコウアからコーリン・ロウにいたるウォーバーグ派の流れであれ、あるいはベネデット・クローチェらのイタリア系その他であれ、そうであろう。

ちなみに「ニューアートヒストリー」についてオックスフォード・クイック・リフェレンス(http://www.oxfordreference.com/view/10.1093/oi/authority.20110810105459575)では、「マルクス主義記号論(意味論)、脱構築主義等の諸要素からなる、第二次世界大戦後に展開してきた様々なアプローチを包摂する用語であり、現代ではあまり適切ではなくなりつつある先行する美術史に対するものとしてある云々」となっている。この文脈ではマイヤ・シャピロなどの米国のマルクス主義美術史学などはむしろ異端であったように見えなくもない。

いずれにせよ、T.J.クラークの「芸術・社会史」(2008-09-26 - RCaO1.0 )やヴェネチア派のアプローチ/方法論(http://rco-2.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/giorgio-ciucci.html)なども広い文脈でとらえるならこうした大きな潮流に含まれるように思われ、ついでに付言すれば英米系の実証主義に対してイタリアやフランス系の方法論主義などという謂いも、そもそも実証主義とは方法論の根底であり、程度の差はあれ実証主義的でない方法論というのも本来あり得ないはずではないだろうか。

いま仮に、そして昨今流通し始めた言葉を敷衍して述べ、そして建築史と都市史を連続的に述べ得る言葉があるとすればそれはやはり建造環境史、ということになるように思われる。

さて、本書におけるprotagonistをあえて述べるなら、建築家のダンクマール・アドラーでもなければルイス・ヘンリー・サリヴァンでもなく「伝説のディヴェロッパー」ファーディンナンド・ワイズ・ペックということになろう。ペックについでは既に1935年初版のサリヴァンについてのヒュー・モリソンによる古典的評伝(http://rco-2.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/hugh-morrison-l.html)でも触れられている。米国が世界に先駆けて実現化した株式会社の手法を用いた「ジ・オーディトリアウム・アソシエーション」はこのまさに財務手法という点でも画期的であり、その財務を担いかつこのプロジェクトを主導したのがペックであった。protagonist云々と述べればソルスベリーの著作(http://rco-2.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/joanna-merwood.html)にまさにズームアップの手法を取り入れたようでもある。

ヨーロッパであるなら、たとえばフランスの「国家建築家」であればそのパトロンは国家でありその財源はつまり国税であり、ドイツの建設総監つまり都市建築家であればそのパトロンは諸侯あるいはその地方国である、と言える。

米国においてはそのような「国家建築家」も封建諸侯も存在せず、株式会社あるいはアソシエーション、あるいは今日の言葉でいえば特定目的会社のようなもので資金を調達するしかなく、言い換えるなら文字通りそれはブルジョアの手による建築あるいは文字通りの都市建造物であったといえる。

そしてここで着目すべきと思われることの一つは、ヨーロッパの国家建築家や都市総監が手掛ける究極の建築がおうおうにして「オペラハウス」であったということであり、なおかつ収益性という点で見ればオペラハウスは資本主義の市場にはきわめてのって来ずらいものであるにもかかわらず、ペックらがここで計画したものもオペラ劇場的な劇場、それも当時世界でも最大級の劇場であったということである。収益性と相反するにもかかわらず、なぜ「劇場」なのか、ここにもうひとつのアジェンダがあるように思われる。つまり「文化闘争」である。

ジ・オーディトリアムが竣工した1889年に先立つ1880年代あるいはその前後のシカゴは、世界のいわば「階級闘争」の最前線であったことが瞥見される。ペックのような地元資本家も労働運動の指導者層も労働者階級の俗悪・低俗な文化に代わるものを模索していた。ただし、その方向性は一方は「オペラ」に体現されるもの、他方は「左翼の政治文化」に体現されるもの、と異なっていたとされる。ここで「左翼の政治文化」とされるもの、たとえばパレード、体操、合唱、等はドイツの民衆文化からきているのではないかと思えなくもない。実際、著者によればシカゴにおける資本家と労働者の「階級闘争」とされるものは、ペックのようなWASP先行者と大西洋を渡ってやって来た後発のドイツ系移民労働者のあいだの闘争としてもっぱら描かれている。面白いことかもしれないが19世紀米国でWASPとドイツ系移民のあいだで闘われたこの「階級闘争」は次の世紀ではヨーロッパにおいて二つの大戦争として戦われ、「左翼の政治文化」とされたものはその少なからぬ部分がナチによって換骨奪胎されたように見えなくもないかもしれない。

また、本書ではまったく触れられないが、南北戦争終結後に南部農村地帯から北部の都市部へと流入してきた「移民」もこうした摩擦の要因であったかもしれない。たとえばヘイマーケット事件(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88%E4%BA%8B%E4%BB%B6)の共謀者として処刑されたアナーキストアルバートパーソンズは元・南軍兵士であり、戦後に北部に移住して社会主義者となりそしてアナーキストとなったとある(https://en.wikipedia.org/wiki/Albert_Parsons)。パーソンズらが発行していたアナーキスト系新聞はドイツ語紙ではなく英語紙であった。1890年のシカゴ市の人口の30%がドイツ系であり、また絶対数でいえばベルリン、ニューヨークに次ぐドイツ人都市であったことなども述べられるが、資本側もジーヴァイ・ライターはオランダ系など全てがWASPというわけではなく、英語、ドイツ語、それぞれ資本家側、労働者側の新聞が発行されていたという。

アナーキストの爆弾闘争」が「身近なもの」であったことはたとえばヘンリー・ホブソン・リチャードソンの歴史的名作・グレスナー邸(http://rco-2.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/american-archit.html)がまるで城塞のようなデザインになっているのは、リチャードソンのマッシヴないわば「ラディカル・ボザール」によるものものだけでなく、実際に「爆弾から」身を守るようにして設計されたからであり、このグレスナー邸があった一帯は当時はシカゴのエリート資本家の邸宅地帯であり、一方では身を寄せ合って防御的に生活していた様も言われる。ジ・オーディトリアム・アソシエーションの構成員約200人もほぼこの一帯の住人であったという。

もう一点これも本書にはまったく登場しないが、シカゴ派のディヴェロッパーとして他方でしばしば名前が登場するブルックス・ブラザーズが終始ボストンを離れず、シカゴを不動産投資の対象として見、そこでの収益をボストンにおそらくまわしたことに比較して、地元資本家であるペックが「文化」(や教育)にかくもこだわったという点である。

闘争につぐ闘争にも関わらず終始揺るぎない「博愛主義者」であったと、ペックはされる。この点はニューヨークのロックフェラーがまた敬虔なプロテスタントであったという、何か覚醒した「狂気」に近いものを感じないわけでもない。

収益性の見込みのない劇場は収益性を上げるために他のプログラムと組み合わされる。地上部分の商業施設にくわえ、上層階のオフィス、そして必ずしも収益性が高いわけでないが劇場よりは収益性があるホテルなどである。ホテルはこののち米国の今度は都市間競争の舞台として、用いられていく。

大規模・複合・施設がヨーロッパではなくなぜ米国で生まれ、都市環境建造物の一類型となり、もっと述べるならあるいは向井正也に倣って述べるなら「モダニズム」とは「大資本主義様式」でなぜあるかが、その仕組みの原点が読み解かれるといえなくもないかもしれない。

とはいうもののジ・オーディトリムは収益性という点ではやはり文化に重きを置いたものであり、竣工後・配当金が支払えず、ペックはアソシエーションの会長を解任されている。

 

方法論について確認するのは、そろそろ一段落してもいいような気がしてきた。