Jonna Merwood-Salisbury, American Modern, The Chicago School and the International Style at New York`s Museum of Modern Art

f:id:madhut:20150918170930j:plain

 

『Chicargo 1890』の著者・ジョアナ・マーウッド=ソールズベリーのペーパー。

academia.eduでダウンロードできる。年代等は不明だが近年に違いなく、頁の打ち方からしてアンソロジーか何かに収録されたか収録される予定だったものと思われる。

『シカゴ1890』(http://rco-2.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/joanna-merwood.html)の終わりの方では、MoMAの『近代建築』展における耐力壁からカーテンウォールへというフィリップ・ジョンソンらによって付けられた鮮やかな道筋ののち、その1年後の『初期近代建築、シカゴ』展についても言及されていたが、やはり後者の展覧会は前者に付随するものであり、前者において示された視点をもって米国内部におけるそれに相応しい起源を探すべく、シカゴの建築を渉猟して組織されたとある。

またこれらの点からしても「シカゴ派」という命名が登場するのはおそらくこの時代であり、この流れにおいてジョンソンらに先行するルイス・マンフォードの著作、とりわけ『スティックス・アンド・ストーンズ』と『褐色の三十年』が大きな影響を与えているのではないかと思われるのである。

リチャードソン、サリヴァン、ライトと続く系譜がマンフォードによって整理されたとして、しかしながらカーテンウォールやのちにマンフォード自身によって「ヴォリューム」として定式化される概念に直接的に関係する建築家は、この3人にのなかにはいない。

ルイス・マンフォード/向井正也によって定式化された対概念は、浜口隆一の1944年の論文における「物体的構築的/行為的空間的」と実はほぼ同じものを示しているといえる。前者が「インターナショナル・スタイル」、後者が「日本国民様式」に結びつけられて提案されたこと、つまり前者は「インターナショナル」、後者は「国民」、しかしながらそしてともに「スタイル/様式」概念であるというところは示唆的かもしれない。

浜口論文と当時の日本建築の文脈を読み解いていくことは、私の修士論文の主題の一つでもあった。上記の点からこの研究はその延長線上にあるとも言えるし、向井らの研究の延長上にあるとも言える。

マンフォードが「帝国のファサード」と呼んだものをあいだに挟みながら、とはいえMoMA創設期の展覧会が開かれた時代はまだ「アメリカン・ルネサンス」期ではあったとはいえ、その後の歴史的視点整理と実際の、そして実はその整理自身のずれを追いながら、20世紀建築最大の概念であったといってもいいものの起源を、ここでは追っていく。

とともにソールズベリーもまた、コーリン・ロウやビアトリス・コロミーナらと相同的な視点、つまりヨーロッパから見たアメリカ建築に対するいささか批判的な視点で論じているふしがある。

この研究ではこれまで踏襲されてきた上記のような視点をも問題としていく。T.J.クラークの方法論が有効となるのはここにおいてかもしれない。