Stolog

メモ

デーヴィッド・A・ハウンシェル『アメリカン・システムから大量生産へ、1800-1935』和田一夫・金井光太朗・藤原道夫訳、名古屋大学出版会、1998

独立戦争から大量生産制登場までを、「機械」の生産を対象として見ていく。

アメリカン/システムとは独立戦争後、独立戦争において現地軍を支援した仏軍のゲージシステムから派生した工廠システムで、このアメリカン/システムから進展してきた米国の機械生産の延長で20世紀初頭に大量生産が成立する。

生産品としては、小火器→ミシン→タイプライター→自転車→自動車(→飛行機)という流れ。

始めも終わりも軍隊と戦争が関係している。

 

メモ

「英語の中に「大量生産」という語句が定着するに際し、この百科事典(『ブリタニカ』1925年)の項目は基本的な役割を果たしたのである。」

「自動車生産の特徴である組立ラインを用いる製造テクニックとこの用語とが同一視されるようになったことは、ほとんど疑いようがない、一九ニ五年以降、この用語は『定期刊行物案内』や『ニューヨーク・タイムズ索引』のようなレファレンス書の項目に現れるようになった。この用語は、それ以前に普及していたフォーディズムという表現にすぐにとって代わった。このようにして、意味が曖昧で文法的にも問題があるにもかかわらず、フォード署名の論稿によって、「大量生産」という表現はある種の普遍性を得たのである」3p

ル・コルビュジエ『建築をめざして』(1923)中の「量産住宅」は原語はMaison en Serie、英語訳はMass-Production Houses

 

「一八五○年代において合衆国を訪れたイギリス人、特にジョジェフ・ホイットワースとジョン・アンダーソンは、アメリカの製造業のあらゆる面に感銘を受けたが、もっとも注意深く詳細に分析したのは小火器の生産であった」(6p)

「軍需品部の役人が一八一九年ニ書き記したように、「部品の均一化という雄大な構造を達成するために」軍需品部は、四、五○年にわたって巨額の資金を費やしていた」(6-7p)

「このアメリカン・システムと大量生産との架け橋の役割を果たす新しい製品が生まれていた。その新しい製品とは、自転車である。アメリカの自転車産業は、数多くの理由により、大量生産を発展させる過渡的な役割を果たしていた」12p

「一八九○年代の間に、ますます多くのアメリカ人が自転車に乗るとともに」、「こうした態度が自動車の時代を早めたのである。さらに、アメリカの自転車産業とともに、広告は重要性を増し洗練された」12p

「自転車の製造は、それまでの他の何ものもなしえなかったほどに、アメリカ機械工の能力を引き出したのである」12p

「フォードは二○世紀初頭の最も洗練された耐久消費財にとって、適合的な市場として、「大衆」を認識したのである。ヘンリー・フォードが「大衆」という言葉を、一九世紀末の「民衆」すなわち「下層階級」として思い描いたか、または単に多数の潜在的な顧客として思い描いたかということは、ほとんど問題にならない」14p

アメリカン・システムとは、ユージン・S・ファーガソンが定義した「互換性部品を生産する一連の専用機械でおこなう工程の加工」を含む製造を意味する」23p

「一九世紀初めのアメリカの言い方によれば、「均一システム」・・の追求は、一八世紀フランスの軍事的合理主義から生まれ出たものである。最近では、ジャン・バプティスト・ドゥ・グリボヴァル将軍が、この構想の主要な草案者だと認められており、これには十分な根拠がある」36p

「ルイス・マンフォードはかなり前から機械化の推進主体として、特に標準化と大規模生産の主体として、軍隊の重要性を認識していたけれども、つい最近まで歴史家は彼の見解を十分には評価してこなかった」36p→Smith,military entrepreneurship→Yankee Enterprise

「ルイス・マンフォードは、一九三四年の彼の古典的著作『技術と文明』の中で、さまざまな要因を全て統合して描いている。その中で、彼は軍事こそが大量生産の源であり、それどころか救済策であると指摘している。・・・戦争こそ・・機械にとっての健康状態である」418p

Lewis Mumford Technics and Civilization

 

f:id:madhut:20220118125438j:plain

1